アジアでは、初めてとなる、クーデルカの本格的な回顧展。
チェコスロバキアなど、ヨーロッパ各地に暮らすジプシーたちの村に入り込んで、その生活の様子を映し出したジプシーズ。
亡くなった親族を取り囲んで、悲しみを共有している女性のジプシーたち。
警察に捉えられ、手に手錠を嵌められ、村人たちに送られながら連行されようとしている、若者。
小さな子供たちが、床に直接座りながら、集まって食事を取っている様子など。
そうしたジプシーたちの写真が並べれた細い回廊の反対側の壁には、チェコの劇場の様子を撮影した、劇場というシリーズが展示されている。
逃れようのない、ジプシーたちの現実の世界と、作り事を演じている架空の世界。その対比が興味深い。
プラハの春以降、国を追われ、ヨーロッパ各国を巡り撮影された、エクザイルズ。
1970年代、1980年代のヨーロッパ、アイルランド、イタリア、スペイン、フランスなどのヨーロッパの国々の様子が撮影されている。
そこに写されている風景は、いずれも、まるで近代化以前のヨーロッパのように見える。クーデルカは、現代においても、そうした極限の風景を見つけだす独特の感覚を持っているように思える。
クーデルカの名前を一躍有名にした、プラハの春の様子を撮影した、侵攻というシリーズ。
そこには、ソ連軍の侵攻に対して、街に繰り出し、戦車に対した、一般の人々の姿が映されている。その表情は、決して、作られた、虚構のものではない。リアルそのもの。それらの写真は、とても芸術とは呼べない。それらは、文字通りの記録だ。
1980年代以降取り組んでいるという、パノラマ形式のカオスというシリーズ。
それまで、一貫して人間を取り続けてきたクーデルカが、このシリーズでは、崩壊した古代の遺跡や、人が住まなくなった大規模な建物、などを撮影している。
しかし、そこには、人の気配がある。
クーデルカの作品は、いずれも、人間の極限状態をテーマにしているが、ジプシーの悲惨な状況を写した写真においても、何故か、洗練されたもの、高貴なもの、を感じる。
それこそが、クーデルカの、写真家としての本質なのかもしれない。
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