2013年4月27日土曜日

仏像半島 房総の美しい仏たち(千葉市美術館)

現在の千葉県に、これほど多くの平安時代から鎌倉時代にかけての仏像が残されているとは、まったく思いもしなかった。

富津市、東明寺の鎌倉時代の十二神将立像。一体一体に明確な個性があり、その怒りのリアルな表情に、ただただ見とれてしまう。

ほぼ同じ時代の南房総の小松寺の十二神将立像は、それに反して、どこかユーモラスで、怒られていても、全然怖さを感じず、むしろ吹き出してしまいそうだ。

東日本大震災で被害を受けた旭市。密蔵院には毘沙門天像が安置されていたが、その寺のある地域は、奇跡的に被害をまぬがれ、住民たちは、この毘沙門天のおかげだと感じたという。ここでは、この毘沙門天は、まだ生きている存在なのだ。

妙見菩薩は、北極星への信仰が、仏教の菩薩信仰と融合したもの。千葉氏がみずからの守護神として敬っていた。その姿は、長髪で、亀の背中に乗り、右手に剣を持っている、という特異なもので、他の菩薩とは違った、強烈な個性を持っている。

仏像以外にも、関連する展示がいくつかあった。

江戸時代、房総で活躍したの彫物大工、初代伊八。波を彫らせたら江戸随一と言われ、葛飾北斎の波の表現にも影響を与えた。というより、北斎はその波の表現をパクった。

その伊八の俱利伽羅竜像。まっすぐに立てられた刀に、竜がとぐろをまいている。刀の束の部分を、竜が咥えている。その彫りの技術の見事さ。いくら見ていても、見飽きるということがない。

狩野一信の十六羅漢図。幕末に活躍した個性的な絵師、狩野一信の描く、グロテスクな羅漢達は、画家の個性と、混沌とした時代背景を、そのまま表しているように見える。

房総は、日蓮の生まれ故郷でもある。日蓮という存在は、ある日、突然生まれたのではない。平安期以来の、この地における仏教の信仰の流れの中から生まれた、ということがよくわかる。

日蓮の肖像画、その過酷な生涯を描いた絵巻物などが展示されていた。他の名僧の肖像画でもそうだが、表情は様々で、描いた人や描かれた時代が求める日蓮像が、そこには描かれていた。

0 件のコメント:

コメントを投稿