寡聞にも、アントニオ・ロペスという画家のことは、全く知らなかった。
パンフレットでは、現代スペイン・リアリズムの巨匠、と紹介されている。
会場の真ん中あたりに展示されていた、グランビア、という作品をみると、そのコピーが、大袈裟でないことがわかる。
人影がまったくない、マドリッドのグランビア通りの交差点。この絵を少し遠くから見ると、まるで写真のように見える。
近づいてみると、細い筆先で、小さく見えるテラスの手すりの一本一本まで、克明に描いていることがわかる。
ロペスは、この絵を描くために、人影がない、早朝の20〜30分だけ、毎朝、7年間も同じ場所にイーゼルを置いて、この絵を描いたという。
写真をもとに描いた方が効率的と思えるが、ロペスは、対象そのものから感じる印象を、何よりも大切にしているという。
自分の幼い娘を描いた、マリアの肖像。鉛筆で描かれているが、まるで色あせたセピア色の写真のように見える。
また、ビルの上から、マドリード市街を描いた、大きな、何枚かの風景画。遠くに見える建物の窓まで、克明に、そして丁寧に描かれている。
しかし、ロペスの作品が、すべてそうした写真のような絵ばかりではない。
1992年に、ビクトル・セリエのドキュメンタリー映画、『マルメロの陽光』の題材にもあった、マルメロの木、という作品は、決して写真のようには描かれてはいない。最小限の、緑、茶、黄色を使って、マルメロの木の特徴を、見事に再現している。
ロペスは、絵画だけではなく、多くの人体の彫像を作成している。マヌエル、フランシスなど、モデルの名前をそのまま作品めいにするのも、ロペスらしい。
ロペスは、描く対象が、人であれ、風景であれ、動植物でさえ、その対象へのリスペクトを、つねに持ち続けていたという。
ロペスは、1936年に生まれ、現在もまだ制作を続けている。
ロペスの作品は、同じスペインのピカソやミロのような、抽象的でモダンなものではない。また、ダリのような、シュールレアリズムのものでもない。
派手さはなく、ただただ、対象を見つめ、丹念に描き続けているだけの作品ばかりだ。
しかし、その作品の与える印象は、ピカソやミロ、ダリに決して劣るものではない。
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