2013年9月1日日曜日

浮世絵 第3期:うつりゆく江戸から東京(三菱一号館美術館)

東京の三菱一号館美術館の浮世絵の企画展の第3期は、幕末から明治にかけての浮世絵とその終焉。

ご存知、広重の名所江戸百景。橋の欄干や鯉のぼりなどを、大胆に画面の前面において、その隙間から、後方の景色をのぞかせる、という革新的な手法。何度見ても、その発想の素晴らしさには、感心させられる。

そして、そこに描かれているのは、日本橋、浅草、深川、両国、虎ノ門など、東京に暮らす自分には、お馴染みの地名。しかし、その風景は、それが現在の場所と同じだとは思えない。全く変わってしまっている。

名所江戸百景が刊行されたのは、1856から1858年にかけて。明治維新のわずか10年前。広重は、文字通り、最後の江戸の姿を記録し、後世の人々に、伝えた。

文字通り、それらは、浮き世であった。

開港した横浜や、明治維新後の江戸を描いた浮世絵の多くは、何枚かの浮世絵を繋げたパノラマが多い。広重や北斎のような、大胆な構図は影を潜め、それまでの日本にはなかった、新しい風景を忠実を描こうとしている。

最後の浮世絵師と言われる、小林清親。江戸時代の浮世絵とは全く違い、ヨーロッパ的な手法が、随所に使われている。

芳年による、まるで江戸時代のような美人画が刊行されたのは、なんと明治20年以降。浮世絵というと、明治維新後にすぐに消えてしまった、というイメージが強かったが、そうではなかった。

しかし、明治の終わりとほぼ時期を同じくして、浮世絵は姿を消していく。新聞の普及により、浮き世を写す方法は、白黒の挿絵や、写真に変わっていた。

3期に分けて行われたこの浮世絵の展覧会で、その歴史を辿ながら、思ったことは、江戸時代の中期から明治にかけて、この国のことを知るには、浮世絵ほど、多くのことを伝えるものはないだろう、ということだった。

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